POWER OF SPRING温泉力をもらいに

2017.09.02
脳と自然がつながった「松之山温泉 凌雲閣」

北越急行ほくほく線の車窓から外を眺める。
うっすらと黄金に色づき、頭を垂れはじめた稲穂の風景がどこまでも広がっている。
上を見上げれば、ここ数日ですっかり秋の空になってしまった。

無人のまつだい駅を降りてさらに車で20分。松之山温泉・凌雲閣に到着した。
http://www.ryounkaku.net
それほど知られていないと思うが、実はこの松之山温泉、有馬・草津と並ぶ「日本三大薬湯」のひとつ。
およそ1200万年前に地盤に閉じ込められた海水がマグマで熱せられ自噴する、太古の香りが芳しい濃厚な温泉だ。
気が遠くなる時間をかけて生成された神秘の液体は、浸かっていると人知を超えたパワーで僕の身体に迫ってくる。

風呂上がり、18:00の夕食までは少し時間がある。
ゆるく秋風が入ってくる客室の窓辺で、農村の風景を眺めながら涼むことにした。

ふと、このあいだ読んだ『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』のことが頭に浮かんだ。
「なぜ自然は人間にポジティブな影響を与えるのか?」
その謎解きに世界中のサイエンティストやエンジニア、クリエイターが取り組んでいるという本だった。
VRはじめ最新の映像技術や音響技術も駆使しながら、研究は進んでいるそうだ。
(ちなみに母校・千葉大の宮崎良文教授が第一人者として登場する。)

遠くの山の稜線を目でなぞりながら、あたりに響き渡る虫と蛙の大コーラスを聴く。
自然風景の中に隠されたフラクタル(自己相似性)が、視覚的情報としてインプットされたとき脳に落ち着きを与える。
樹木が発するフィトンチッドという化学物質は、人体に入るとα波の発生を促してリラックスさせる。ナチュラルキラー細胞も活性化させる。
野鳥のさえずりは脳に安心を与える。危険が差し迫った時には聞こえない、安息の象徴とも言える音だからだ。
今の自分は、まさにパーフェクトな状況にいるのではないか。そう思うとなおさら五感を研ぎ澄ましたくなる。

人間が人工的な空間に住まうようになったのは、人類史からみればごくごく最近だ。
その長い歴史のほとんどの期間は、ほんのつい最近まで、あそこを飛び回っている鳥たちのとなりで暮らしていた。

なぜかくたびれた、たまには山でも歩きに出かけたい。
都会で過ごしていて多くの人がそう思うのは、遺伝子に刻まれた祖先たちの記憶が、生命をよりよく保つために、自然の中に身を置くことを欲しているのだろう。
「二拠点居住」「都市と地方」とかは最近よく出てくる言葉だけど、もっとプリミティブな次元に「人工と自然」「人生と自然」「ウェルビーイングと自然」みたいなものがある、とあらためて思った。

いずれにせよ、触れようと思えば何にでも触れられるチャンスがある、自由に満ちた今の時代に感謝しながら、自分らしいバランスを取り続けていくのだ。


…ああ、うとうとしてしまった。17:45。
ちょっと早いけど、このまま食事処へ向かおうか。
きのこ採り名人の料理長がつくる夕餉では、とびきり濃厚などぶろくが待っている。

昭和13年建築の本館は重厚な造り。かつては高松宮殿下も宿泊されたそうだ。

古いがとても綺麗にお手入れされている。

居室の天井には碁盤と将棋盤が貼り付いていた。凌雲閣WEBより、「一部屋一人の大工が、その技術と感性で創り上げたもので、各部屋は、それぞれ異なった顔を持っています。」とのこと。

居室の欄間。奥にある天井には一枚板の木が敷き詰められている。

家族風呂。こちらは源泉掛け流し、源泉が80℃近くあるので、水で薄めながら入る。

こちらは大浴場。何より香りが素晴らしい、しょっぱい温泉。

夕涼みに外を眺める。すっかり秋になった。棚田では農作業に精を出す農家さんたち。長閑である。

イトトンボの抜け殻がガラス窓に張り付いていた。

雪国農村の彩り。

「飲む」というより「食べる」が近いどぶろく。「呑む」のには変わりはないが。お腹の調子が良くなりそうだ。

ほぼ山の幸中心のラインナップ。だいぶ薄めの味付けが嬉しい。いわゆる鍋物とステーキがついた旅館料理でないのも嬉しい。

「もぐら」と呼ばれるナラタケの卵とじ。

新潟特産、夕顔のカニあんかけ。

岩梨という珍しい果物。食感が梨にそっくり。爽やかな甘酸っぱさ。

メニュー解説。ミズ(ウワバミそう)の浅漬けも素晴らしくうまかった。とぼけたようにさりげなく出してくるけど、シンプルさの中に深遠な調理技術を感じる。

まつだい駅併設の道の駅「ふるさと会館」。