JAPAN SENSES日本のすがた・かたち

2018.04.03
旧いけど新しい湯治宿「サリーガーデンの宿 湯治 柳屋」

あちこちで評判を聞く別府鉄輪「湯治 柳屋」。

ファサードの暖簾がとてもモダン。暖簾の色は季節によって変わるのだという。
本館は1905年に建てられたというが、そんな古臭さは微塵も感じさせない。
高齢となった先代の女将からこの宿を継承したのは、血縁やお弟子さんではなく、人づてにご紹介があったシフォンケーキ屋さんを経営する御婦人。宿泊業の経験はなかったそうな。
老舗の温泉旅館を譲り受け、引き継ぐとは、そんな自分の将来を想像することなんてなかったと思う。でも今の時代、そんなこともあるから面白い。

「親しみやすくも美意識が高い」
「プラスでもマイナスでもなくニュートラル」
「整っていて余計なものがない」
この宿にはそんな表現がしっくりくる。
オーナーの洗練されたセンスで空間と体験がトータルコーディネートされ、どのシーンも絵になる魅力を湛えている。とても静かで、押し付けられるものもなく、自分が思うように過ごすことができる自由な場所。

ここには今はすっかり少なくなった「湯治部」がある。部屋のみの素泊まりで、食事は自らつくるスタイル。朝食や夕餉の時間になると徐々に地獄釜の周りに湯治客が集まってきて、蒸しあがりを待ちながら出会いと情報交換を楽しむ場になる。これはずっと昔から鉄輪に根付いている独自のコミュニティキッチンだ。

湯治の部屋といえば4.5〜6畳一間、共用トイレが定番。でも最近はそんな概念から離れた、もっと現代的で上質、広さを持たせた部屋が増えた。一人ひとりの「らしさ」やクリエイティビティが大切なこれからの時代、後述の環境はおおいにいろんな滞在者の感性をひらくと思う。(かつての作家さんたちが伊豆の秘湯で執筆していたのも同様の理由と思う。)
非日常の土地の空気、シンプルで上質な空間の中で、自分のこれからの生き方や暮らし方、クリエイティビティをとことん問い詰めてみる旅、なんてのもいいかもしれない。

加えて面白いのが、旧知のシェフを口説き落とし、宿の中でイタリアンレストランを開業してもらっていること。地元の大分食材や、鉄輪温泉ならではの[地獄蒸し]からインスパイアされるコース料理。別府にしてはすごく珍しい気がするガストロノミー系。ワインも100種類以上のラインナップ。

地獄釜の蒸気は毎日状態が異なるという。荒い日もあれば、おとなしい日もある。鉄分が強い日もあれば、塩分が強い日もある。季節ごと、生産者ごとに変わる食材の状態と、荒ぶれる自然を利用した調理方法の掛け算。料理人をたいそう困らせると思うが、翻ってそんな格闘の日々に心躍り、生きがいを感じる部分もおおいにあるのだと思った。

好きなコンセプトのひとつ、「旧いけれど新しい」。
大分・別府にもたくさんのチャレンジを発見できてホクホクな旅になった。



…と書いたところで、先ほどチェックアウトした柳家から電話が。周囲の雑音でよく聞き取れない。

「はい。え。忘れもの?いやあスミマセン。で、何を…。トラン…ク…?なに?トランプ?」

「いえ、ト、トランクス、をお忘れです…」

ファサード。パキッとした「柳屋」の暖簾が気持ち良い。

エントランスホールを眺める。磨き抜かれた木の床。スリッパはなく、従業員の方はみなさん裸足。

館内サインはこういう世界観で統一されている。こちらも望月通陽さんかな?

泊まった部屋。古くささは無く、各所細やかに配慮されたデザイン。素材使いもナチュラルで温もりがある。

中庭にある飲泉場。ナトリウム-塩化物泉、溶存物質量は3,000mg/kgくらいだったと思う。塩っぽさと鉄っぽさ。三条・嵐渓荘のお湯に少し似ているか。

地獄釜を眺める。宿の中央、中庭に据え付けられた地獄釜は、宿のシンボル的な存在でもある。食事時になると、宿泊客が集まり始め、ザルにのせた食材を蒸すようになる。

地獄釜。奥の壁には食材ごとのオススメ蒸し時間が掲示されている。手前のふたつの釜は温泉水を沸かしていて、調理に使うことができる。

レストラン脇の壁に描かれた望月通陽さんのグラフィティ。

休憩所、1905年築。他の部分は随時増築されていったとのこと。

さりげなく置かれたアートたち。土っぽさがあって、少し民芸的でありつつ、現代的な作家さんの一点モノ。

8角形の大テーブル。

ブックセレクトもいいアクセントに。

縁側。館内のあちこちに、その時の気分で寄り付けるスペースがある。

こちらはレストラン。

メニューはコースのみ。聞いてみると、宿泊客以外にも地元の方による外来利用がかなり多いそうだ。この日も宿泊ではないと思われるテーブルが2、3あった。

前菜。左から鶏レバーのムース最中、鹿と猪のパティ、豚肩ロースの地獄蒸し。

前菜の器はそれ自体がボックスになっていて、引き出しを開けた様子がこちら。開けた途端に芳しい薫香があたりに漂う。川エビ、ホタルイカの燻製。緑はわさび菜、だった気がする。

山口産、美人ブリのきらすまめし風。養殖ではあるが素晴らしくスッキリした旨味があるブリ。山口の地酒、東洋美人の酒粕で育てているとのこと。手前は大分産シイタケ。こちらも肉厚でなかなか。

青ネギソースのパスタ。青臭さは全くなく、マイルド。パスタの茹で汁には地獄釜で沸かした温泉水を使っているとのこと。日によっては麺がブニブニになってしまったり、塩気が強すぎたりするらしい。

真鯛の地獄蒸し。皮目に乗ったふりかけ部分の歯ざわりが楽しい。

口直しに出していただいた何かのシャーベット。失念。

牛ロースト。脂がギトギトしない赤身肉。しかも経産牛をしようとのことで噛むほどに旨味が出てくるタイプ。これなら牛肉苦手な女性とかでもイケるかもしれない。

朝食の中華風。ちまきやシューマイを盛り込んだ蒸籠を地獄蒸し。ほんのり温泉の香りがついて特別感。

男湯のサイン。

男湯、湯船。濃厚な弱アルカリ泉。やや熱めなので長時間は入っていられない。

柳屋のはす向かいにある豚まん屋
さん。めちゃくちゃ有名な店だそうで、県外からも多くのお客さんが訪れるとのこと。この日はお祭りで一層お客さんで賑わっていた。

宿に隣接するギャラリーカフェ。経営や柳屋さんと一緒。シフォンケーキや、レストランで使用されている食器、アート作品などが所狭しと並べられている。