風のハルモニア師匠、仲間、憧れのひと

2017.01.30
ユニバーサルデザイン総合研究所所長・赤池学さん #2 自然に学ぶ

「多様性をどう生み出すのか」

石川 最近は都市開発プロジェクトがますます多くなっていて、そこでも赤池先生のような発想が非常に大事になると思っています。人は何があればそのまちに行きたい、住みたいと思うか。どこでどう過ごしてもらいたいか。直感的かつ人間的に考えるというか…。ヒューマンスケールでの発想がとてもリアルで、本質的だと感じています。

赤池 都市を工学スケールで捉えちゃダメなんです。人間のスケールとか、緑のデザインも含めて、人間も生物多様性のワンオブゼムなのだと位置づけて、生物のスケールでゼロから見つめ直していく。そもそもニューアーバニズムとはそういうものなんです。まちづくりに人間性を回帰させて、持続可能なコミュニティの構築をめざす。それが「エコロジカル・デザイン」を提唱したシム・ヴァンダーリンの根底にある考え方なんだよね。

石川 大規模な都市開発のようなプロジェクトに携わっていると、いつしか見失ってしまいがちな視点です。むしろ大きな取り組みほど、ヒューマンスケールに立ち返って考える必要がありそうですね。

赤池 その通りです。まちというのは、さまざまな人間的なアクションを想定すると、より多様なプレイスとしての機能が必要となってきます。そうすると、単機能ではとてもまかないきれないので、おのずと多様性が生まれてくる。さらには、都市機能の用途そのものが混淆していくんですね。

石川 その人の職業やライフスタイルによっても、まちに求める機能は変わってきますよね。

赤池 オフィスの機能だったり、レジデンシャルの機能だったり。学園都市だったらドミトリーの機能も求められる。そこで僕が考えたのが、それらの機能を切り分けて配置するのではなく、むしろごちゃ混ぜにしちゃうような再開発なんです。

石川 あえて混ぜてしまう?

赤池 そう。そんな方法もアリなんじゃないかと。ミニオフィスがあって、商店街があって、大学も学生のドミトリーもある。それらを重なり合うように配置してみると、それぞれの場で賑わいが生まれ、町の中で入り交じることで、自然と活き活きとした多様性が形成されていくようになる。

石川 雑多な界隈感って、活気のあるまちには欠かせない要素ですよね。

赤池 こういったやり方は、じつは生物の多様性に模範を見出すことができるんです。それとね、シム・ヴァンダーリンがいちばん研究していたのは、じつは江戸時代の日本のまちなんですよ。まさに用途混淆で、賑わいがあって、多様性のある江戸という巨大都市が、日本には400年前から存在していたんだよね。しかも、サステナビリティとビジネスを両立させていた。

石川 すごいですよね。そんな昔から理想的な町づくりができていたなんて。

赤池 だからね、たとえば日本橋だったら、「江戸の日本橋」というコンセプトに基づいてリデザインする、なんて再開発もできるはずなんです。そういったプロジェクトにも、石川君といっしょにこれから取り組んでみたいよね。

石川 はい、ぜひとも。楽しみです。


「昆虫をお手本にする」

石川 今おっしゃっていたような「多様性を成就させるまち」というビジョンは、とても魅力的で可能性を感じる一方で、理解してもらうには難しい面もありますよね。「あるものとあるものが混ざることで、こんな新しい現象が起きますよ」ということがなかなかイメージできない人もいるかもしれません。まだ世の中に浸透していないコンセプトをどう伝えていったら分かりやすいのか、説明に苦労しそうです。

赤池 また自然界の話に戻っちゃいますけど、生物の世界でいちばん成功しているのは虫ですよね。地球上の動物の約8割が昆虫です。そんな彼らのグランドデザインって「小さくなること」なんです。小さくなって、ニッチな環境の中でサバイバルしていくという方法を彼らは選んだわけです。

石川 確かに…。彼らが選んだ戦略なんですね。

赤池 このアプローチは都市開発にも当てはまります。最初から「ウォーターフロントの新興都市」なんて大きく構えるのではなく、もっともっと小さなスケールで見つめていくと、そのエリアに本当に求められている機能が分かってくる。あとは、それを再配置していけばいいんです。

石川 まさに「虫の視点」ですね。

赤池 そう。この考え方はビジネスモデルにも通じます。別のたとえで説明してみましょう。分母が投資で、分子が事業だとします。

石川 はい。

赤池 最近のグローバルビジネスなんかもそうですが、最初から大きなスケールで新規事業を立ち上げようとする。そうすると、どうしても分母が大きくなりますよね。膨大な投資をしているから売れるはずだ、大きな利益を上げられるはずだ、と短絡的に考えがちなんだけど、実際にはそれほどうまくいかない。

石川 たしかにそうですね。

赤池 分母が大きいから、乾いた雑巾を絞るように無理をして投資額を圧縮する。それなのに、分子である事業に付加価値がなかったりすると、収益性がものすごく悪くなってしまう。

石川 ビッグビジネスほど採算が取れなくなる…。

赤池 そんなケースもありますよね。逆に新規事業をマイクロビジネスとして捉えて、分母は小さくても付加価値の高い分子を組み込んであげれば、収益性は絶対によくなる。分母が大きな新規事業を2つ抱えているよりも、分母は小さくても分子の価値が高いビジネスを10通り持っているほうが、生物学的な見地からも有利なんです。

石川 そうなると、いかに活きのいいプレーヤーを見つけて組み込んでいくのかが重要になってきますね。


「アゲハチョウというビジネスモデル」

赤池 分母と分子のたとえを、もう一度自然界に置き換えてみましょう。進化の過程で身体を大きくした生き物、たとえばゾウなんかだと、地球上にはアフリカゾウとインドゾウしかいないですよね。

石川 たったの2種類ですね。

赤池 でも、小さくなる道を選んだ昆虫たち、たとえばアゲハチョウなんて、世界中に500種類以上いるわけですよね。東京だけでも20種類くらいは生息している。

石川 ニッチな分野に活路を見出すことで、大いなる繁栄を遂げたんですね。

赤池 つまり、アゲハチョウのように多様なビジネスモデルを持っている企業の方がサステナビリティにすぐれていて、さらに市場で生き残る確立も高くなるんです。

石川 われわれ人間はどうしてもスケールを大きくする方向をめざしがちですよね。そのあたりが、昆虫よりもスマートじゃないのかもしれません。

赤池 そうなんです。小さな虫から学べることって、まだまだたくさんあるんです。

石川 分子についてはいかがですか? 付加価値のあるものって、そう簡単には見つからないような気がします。

赤池 日本の化学素材メーカーが世界規模で販売展開している炭素繊維がありますよね。でも、その炭素繊維と和歌山で伝統的な製法を守って作られている紀州備長炭を比較すると、備長炭の方が10倍くらいの値段で売れるわけです。

石川 なるほど。

赤池 本当に持続可能な商材とは何なのか。発想をちょっとずらしてみると、売れるものはもっとたくさんあるはずなんですよ。僕らが開発した『ルナウェア』という蓄光材だってそうです。この素材も400年の歴史を誇る有田焼の伝統技術を用いて生み出されています。

石川 たしか最初は避難誘導サインに使われていたんですよね。

赤池 そうです。高い蓄光力で避難誘導灯を無電力化しましょう、という小さな分母からスタートしました。でもそのうちに他の用途にも活かせないだろうか、となって建材への応用開発へと広がっていった。高輝度でかつ安定した発光性能を持っているので、屋外施設などの階段のガイドとして使ったり、イルミネーション装飾としても使える。そうすると、電力を使わない夜間の景観形成といった新しい世界につながっていくんです。

石川 分母が広がっていくわけですね。

赤池 もっと面白い使われ方としては、女性の蛍光ネイル材として商品化されたりもしています。まわりが暗くなると、爪が光って闇に浮かび上がるという(笑)

石川 それは楽しい。話題性もありそうですね。

赤池 それから、こういう建材も開発しています。フラワーアーティスト・川崎景太さんが手がける「花グラフィック」というアート作品を国産材にレーザープリントしたものです。

石川 これは…美しいですね。

赤池 『HANA GRAPHIC WOOD』と名付けました。最先端のレーザー技術と金沢の伝統的な金箔工芸を組み合わせることで、葉脈まで映し出す「花グラフィック」の繊細な表現を木材の上に咲かせることに成功しました。「浮造(うづくり)」と呼ばれる木材の加工法と、「沈金(ちんきん)」という伝統技法を掛け合わせた日本ならではの建材です。

石川 すごい。間伐材の再利用を超えてますね。

赤池 そう。たんなる間伐材とは話がぜんぜん違ってくる。もちろん、国産材なのでCO2を固定化して吸収するという効果もありますが、それ以上に装飾材としての新たな価値が生まれている。

石川 この建材を使った新しい空間づくりがしてみたいですね。

赤池 植物の美しさと金箔の華やかさで表現しているので、ホテルのような施設にも映えると思うんです。しかも、木材流通の世界でA材と比べて価値の劣るB、C材が使われているんですね。それがリッチな装飾材として生まれ変わる。間伐材の再利用というミッションに、最先端のレーザー技術と金沢の伝統工芸が結びついた、新たなバリューチェーンが形成されるわけです。

石川 付加価値を持った分子、という意味が分かりました。

赤池 こういうプロダクトが生まれると、新しい価値をベースにしたこれまでにない空間が創造できる。さらには、その空間での人の営みやアクションを想像する「場」のデザインにまで広がっていくじゃないですか。

石川 価値の連鎖が起きていくわけですね。サステナビリティについては、ふだんの生活の中でも考える機会が増えてきましたよね。自分の子どものために何を残してあげたいのか、みんなが真面目に考える風潮が出てきたのはよいことだと思うんです。エコなものを選ぶという消費行動は、商品やサービスを提供する企業側の意識にも影響を与えている。さらに一歩進んで「長続きさせるのがカッコいい」みたいな流れをつくっていけたらいいなあ、なんて考えたりしていたので、この『HANA GRAPHIC WOOD』には大いに刺激を受けました。



(つづく)

人間も生物多様性のワンオブゼム。生物のスケールでゼロから見つめ直していく。

400年の歴史を誇る有田焼の伝統技術を用いて生み出された蓄光材『ルナウェア』

葉脈が美しい『HANA GRAPHIC WOOD』にも日本の伝統技能が活きている。木材活用の全く新しい概念が生まれそうだ。