風のハルモニア師匠、仲間、憧れのひと

2017.01.29
ユニバーサルデザイン総合研究所所長・赤池学さん #1 「デザイン・フォー・オール」という考え方

​最初は、ユニバーサルデザイン総合研究所の赤池学先生に、ここ最近のご報告も兼ねてお話を伺いに行くことに決めました。
あらためて思い返してみると、これまでいろんなプロジェクトをご一緒する中でたくさんの励ましや指導を頂いていました。(だいぶ酒席も多かったような気もしますが)
力強く、そして人情味のあるコンセプトデザインをされる、本当に尊敬している師匠のひとりです。

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石川 なんだか、あらたまると不思議な感じが…。

赤池 お酒でも並べようか?(笑)

石川 それはこのお話の後でお願いします!(笑) 自分の会社を3年近く、なんとかやってこれて。じつは会社を立ち上げてから最初に頂いたお仕事も赤池先生からお声がけいただいた新潟県立自然科学館のプロジェクトだったんです。

赤池 そうだったんだね。

石川 振り返ってみると、僕にとってのターニングポイントには、いつも赤池先生の存在があった気がしていて…。「企画」や「プランナー」といっても本当にいろんな専門領域を持つ方がいらっしゃいますが、僕がこれからフォーカスしていきたいのが「コンセプトデザイン」です。そして、まさにその領域での師匠だと思っているのが赤池先生なんです。

赤池 とんでもない、買いかぶりです。

石川 赤池先生にご相談すると、ポーンと世界を広げてくださいますよね。あの反射スピードにいつも驚かされていて。なので今日は、赤池先生がこれからどんなものを作りたいと考えていらっしゃるのか。どうしてあんなふうに自由自在な発想をすることができるのか。そのあたりについてのお話を伺いたくて、あらためてこういった場を設けさせていただきました。

赤池 わかりました。僕の原点はやはり「ユニバーサルデザイン」なんです。僕が32歳のとき、父親が脳出血で倒れたんですね。その介護をしているうちに、こんどは妻が体調を崩して、診断を受けたら末期ガンだとわかった。そして半年後に2歳の長男と5歳の長女を残して亡くなってしまったんです。このあたりの経緯については何度か話したことがあるけど…。

石川 はい。お聞きしています。
 
赤池 それからしばらくして、あるシンポジウムで「バリアフリーデザイン」という考え方を知って、そこからロナルド・メイス先生との出会いへとつながっていくわけです。

石川 最初に「ユニバーサルデザイン」を提唱された方ですね。

赤池 そうです。子どもたちを育てながら、当時ノースキャロライナ州立大学におられたロナルド・メイス先生のもとに通いつめて直接ご指導を受けました。

石川 そこには特別な思いもあったのでしょうか?

赤池 僕自身、それまでの体験を通して、闘病する人の立場、介護する/される側の立場、幼い子どもの立場と、それぞれについて考えるところがあったんですね。だからこそ、先生の思想とも深くコミットすることができたんじゃないかと思っています。

石川 あらためてユニバーサルデザインについて教えていただけますか?

赤池 施設や製品・サービスを開発するとき、できるだけ多くの人が使いやすいようデザインしていく。 障がいのある人、子ども、高齢者、健常者も含めた「みんなのためのデザイン」というのが一般的なユニバーサルデザインの解釈ですよね。

石川 はい。

赤池 でも、ロナルド・メイス先生はそれに加えて「デザイン・フォー・オール」とおっしゃっていたんです。この「オール」をどう捉えるかによって、デザインの深度とか、インパクトとか、ミッションが変わってくるよと。

石川 それはどういうことでしょうか?

赤池 つまり、ユーザーのみを「オール」と捉えるのではなく、施設や製品の「つくりかた」そのものに知恵を絞れば、事業に関わるたくさんのステークホルダーにもメリットを提供できるようになる。その広がりも含めて「オール」なのだと先生は伝えたかったんじゃないかと僕は受けとめたんです。

石川 ユーザー以外の人たちも「オール」に含めていく?

赤池 そう。たとえば、国産材を使った商品住宅を開発したとします。時代が求めるデザインと的確なプロモーションによって住宅がどんどん売れれば、それは巡りめぐって日本の林業にもメリットを与えることになりますよね。

赤池 だから僕は企画を考えるとき、その事業やユーザーだけにとどまるのではなく、もっと多様なステークホルダーに対してもメリットが提供できないだろうか? という観点からコンセプトを立ち上げていくようにしているんです。

石川 僕はその領域の広さにも圧倒されていて…。赤池先生は街づくりから商品開発まで幅広く手がけられていますよね。かと思えば、飲食店でご一緒していても「こういうメニューを出したら絶対に売れるよ!」って提案したり、「それに合わせるこういった酒をつくるべきだ」なんてアイデアをふくらませたりしている。俯瞰的なところから身近なところまで、独自の視点を縦横無尽に使いこなしているのが本当にすごいなと。

赤池 本来のデザイン・フォー・オールがつかめると、その「オール」をつなげていくうちに、さまざまな「協業」が生まれてくるわけです。それが「バリューチェーン」という新しい「価値の連鎖」になっていく。プロジェクトのデザインを通じて新たなバリューチェーンを生み出す。それが僕の基本スタンスになっているんじゃないかな。

石川 なるほど。

赤池 石川さんにも手伝ってもらった洞爺湖サミット「ゼロエミッションハウス」だってそうですよ。最先端の環境技術とハウスメーカーを結びつけるだけではなく、土壁に施された左官の熟練技能だとか、木という素材の上質さだとか、それこそが不易のエコプロダクトなのだという本質的なメッセージを込めましたよね。ただ省エネ性能を誇るのだけの定性的なアピールに終わらせずに、エコデザインの選択肢に「感性」を導入したり、時間に裏打ちされた伝統的なエコプロダクトの価値を発信する「場」としてデザインしたかったのです。

石川 それを国際的な舞台で実現したのも意義深かったと思います。

赤池 この地球上にかつて存在しなかった機能的なマテリアルを、アカデミック・アドバンストに生み出すことは難しくないんです。化学や科学技術を応用すればいくらでもつくることができる。でも、それらは安全性や持続性について十分に検証されているわけではない。ひるがえって、1000年とか100年というオーダーで使われ続けてきた伝統的な技術やコンテンツは、時の洗礼を受けることによって検証済みなんです。なんといっても完成度が高い。だとしたらなおさら、昔ながらの手技や知恵を見つめ直すことが大切になってくるはずです。

石川 僕が赤池先生とご一緒させていただく中で、いちばん心に残っていて、ずっと大事にしているのは、「自然に学ぶ」という姿勢なんですね。ネイチャーそのものからも学べるし、人の営みだって自然の一部であると捉えれば新たな発見がある。僕たちがふだん自然に行なっていることや、すでにそこにあって長く続いているものに何かしらヒントがあるんじゃないか、という洞察の姿勢は常にとても大切にしています。

赤池 その根底にあるのは、僕がもともと昆虫発生学の研究者として生物学に携わってきたことが大きいと思います。生物の世界なんてそれこそ多様性と循環の世界ですから。それぞれの生態系に寄り添った、自然界のバリューチェーンですよね。

石川 「系で考える」ことが大事なのですね。

赤池 まさにその通り。生態系もそうですが、あらゆるものを生物の循環的な「系」としてとらえると、そこに可能性を秘めた法則を見出すことができるんです。価値の連鎖とは、「系」そのものなんです。

石川 その延長線上に、あのクジラのムービー(※)があるのかな…と思っていて。

赤池 そうそう。あれはほとんど居酒屋で、ふたりで呑みながらつくった企画だからね(笑)

石川 そうでしたね(笑) あのときのことはよく憶えています。世界のどこかの海で一頭のクジラが生まれ、成長して、やがて死んでいく。その営み自体は、自然界でつねに起きていることです。でも、一頭のクジラにフォーカスして、彼の周りにある「系」に思いを巡らせていくと、人にとってもたくさんの学べること、メッセージがある。いのちについて前向きに感じ取ることができる。そういったものごとの描き方、自然のごくあたりまえの営みの中からヒントを見出していくアプローチの仕方は、これからもどんどんチャレンジしていきたいと思っています。


(つづく)

♯2 自然に学ぶ
http://thoughts.jp/kaze/1135/



※「クジラが星に還る海 -stars of life-」
「マリネタリウム」をコンセプトに、プラネタリウム上演用プログラムとして企画制作されたオリジナルムービー。ある晴れた満月の夜、カヌーで沖に漕ぎ出した老漁師は、孫にあるクジラの話をします。それは"海の王"と呼ばれた、とても勇敢な雄のマッコウクジラの物語―。(2016年制作/上映時間27分)
総合監修 : 赤池学
コンセプトメイキング : 株式会社THOUGHTS



赤池 学 (あかいけ・まなぶ)
ユニバーサルデザイン総合研究所所長、
科学技術ジャーナリスト

1958年東京都生まれ。1981年筑波大学生物学類卒業。
社会システムデザインを行うシンクタンクを経営し、ソーシャルイノベーションを促す、環境・福祉対応の商品・施設・地域開発を手がける。「生命地域主義」「千年持続学」「自然に学ぶものづくり」を提唱し、地域の資源、技術、人材を活用した数多くのものづくりプロジェクトにも参画。科学技術ジャーナリストとして、製造業技術、科学哲学分野を中心とした執筆、評論、講演活動にも取り組み、 (社)環境共創イニシアチブ、(社)CSV開発機構、(社)サービスデザイン推進協議会の代表理事も務める。グッドデザイン賞金賞、JAPAN SHOP SYSTEM AWARD最優秀賞、KU/KAN賞2011など、産業デザインの分野で数多くの顕彰を受けている。

場所はユニバーサルデザイン総合研究所の神谷町オフィスにて。

技術戦略ロードマップ2006「技術により実現される将来の社会像のイメージ一例」。ちょうど10年前、赤池先生が科学技術の未来予想図を描いたもの。

この日も優しく、力強い声と眼差しで。

「クジラが星に還る海」のポスター。