POWER OF SPRING温泉力をもらいに

2017.02.15
温泉への誘い/お気に入りの温泉宿

最も好きな温泉宿のひとつ、湯沢の貝掛温泉に浸かりながらこれを書いています。深夜ひとり浸かるフワフワのぬる湯はまるで天国にいるような夢心地…。たまには温泉観光士として温泉の魅力普及に貢献しなければなりませんので、どうしたら温泉好きが増えるかしらと思い悩みつつ…。

『科学の視点から楽しむ』

なんとなく浸かっていても素晴らしく楽しめる温泉ですが、「なんで身体にいいの?」とか、「本当にキレイになれるの?」とか、科学的な知識をほんの少しでも持っておくと、またさらに楽しさの幅や深さが増すと思います。
効能については、ざっくり言うと温泉が持っている薬理作用・浮力(水圧)作用・温熱作用が、人間が本来持っている治癒能力を最大限に引き出して総合的に心身の健康を整えてくれます。

例えば水圧によるマッサージ効果や温泉成分による毛細血管の拡張によって血液やリンパの体内循環が促され、疲労を回復するともに肌の若返りも期待できます。また、温熱作用は免疫細胞を活性化させ、菌やウイルスへの抵抗力を高めることにつながります。(僕は滅多に風邪を引かなくなりました。)

また、温泉にはじつに多様な泉質があります。湧出した場所が数十メートル違うだけでも、全く異なる特徴を持ったお湯が出ることもしばしば。さらにお湯に溶け出している成分量、温度なども異なり、それぞれの温泉の個性を生み出しています。中には炭酸泉やラドン泉など、日本で数カ所というレアな泉質もあり、それを探し求める楽しさもあります。
そしてそれぞれの泉質が身体に与える効能も異なります。古くから言い伝えられる若返りの湯、眠りの湯、子宝の湯など…実はそれぞれにれっきとした科学的根拠を持っていることがわかってきています。

ちなみにヨーロッパでは、温泉浴が保険適用の医療行為として認められています。そういう意味では日本は遅れをとっていると言えるかもしれません。
また、海外はぬる湯での長時間浴が主流です。かたや日本の高温浴は世界的に見るとそれほど多くないもので、特に気分転換に効果があるとされています。内にストレスを溜め込みやすい日本人は、気分発散の機会を昔から求めていたのでしょうか。自分の好みを言うと、僕は低温浴・高温浴どちらも好きですが、最近は低温浴にハマっています。体温くらいのお湯(不感温度と言います)に1〜2時間じっくりと浸かる入浴法です。
温泉成分をじっくり身体に浸透させ、副交感神経を調律することができ、すこぶる心身の調子が良くなるのです。重度の肩痛や腰痛が治ったこともあります。
羊水の中にいるのと近い、だから精神的な安らぎにつながるんだ、とも言われるようです。


『温泉のフレッシュさを楽しむ』

温泉は鮮度が大事!みたいなところがあります。地中から湧き出た、なるべくそのままの状態で浸かるのがベスト、ということです。循環ろ過が疎まれ、源泉掛け流しが好まれる理由がこれです。
空気に触れた温泉はみるみる酸化していき、還元作用を失っていきます。また、たくさんの人がお湯に浸かることでも湯は劣化していきます。これを「湯がダレる」とも言ったりします。

人間の身体は弱アルカリで、その状態を保つために、体内で生成される酸性物質(疲労物質と言い換えてもよいかも)を体外に放出するようになっています。湧きたてのフレッシュなお湯に浸かると、体内の酸性を吸収してくれます。温泉が疲労回復につながるわけです。

循環ろ過している温泉では、当然こうした作用はほとんど期待できません。すっかり酸化して安定してしまっているので。また、源泉掛け流しであっても、お湯の量に対して入浴する人数が明らかに多すぎたり、注湯量が足りない場合もすぐに参加してしまうので、同様です。
もし温泉のパワーをダイレクトに満喫したい!という場合は、源泉掛け流しかどうか、さらに湧出量や注湯量が豊富かどうか、宿の規模が大きすぎないかなどを気にしてみると方が良いかもしれません。

ちなみにこういう温泉のフレッシュさという意味でのとびきりが『足元湧出』の温泉です。給湯口からではなく、湯船の底から湧き出てくる温泉があるのです。つまり空気に触れずに劣化が生じないまま、浴槽に注がれているわけです。日本でも数えるほどしかありません。もしも出会うことがあれば、ぜひ堪能してみてください。


『温泉(地)のデザインを楽しむ』

これは温泉そのものと言うよりは、温泉地や温泉宿のことですね。はるか昔から湯治が親しまれてきた日本は、世界的に見ると珍しい独自の温泉文化を育ててきているようです。最近では最新のテクノロジーを活用しながら、温泉を提供するための空間や浴槽、そして給湯システムのデザインが日々進化しています。

それは、温泉の魅力を最大限に引き出そうとする人々の知恵や工夫です。各地の温泉を巡っていて楽しいのは、お湯自体の泉質ももちろんですが、それを様々な方法で活かそうとするアイディアに出会うのがじつに面白いのです。空間や体験のデザインに携わる人間にとっては、温泉宿にはとても貴重なヒントが山のように隠れています。
かたやその知恵を絞る方向がお金儲けや効率に傾き過ぎると、かの有名温泉地の濁り湯入浴剤問題とか、循環消毒による温泉そのものの魅力の減衰とか、清掃不足による健康被害にもつながったりします。

有限で貴重な自然資源である温泉との付き合い方には、相応の姿勢と態度、知識、バランスが必要なのです。当然、今だけよければ良い、自分が入るときだけよければ良い、というのはあまりスマートではありません。この素晴らしい資源は、自分の子孫たち、将来の日本人はもちろん世界の人々に楽しみ役立ててほしいものです。


『温泉を生涯の趣味にする』

温泉がキライな人はそんなにいないと思います。むしろ結構スキ、という人の方が多いのでないでしょうか。温泉は一生続けられる遊びであり、健康づくりに役立つオイシイ趣味です。秘湯に行けば、80歳以上と思われる老年の御夫婦が「今年も来れてよかったね」と冗談交じりに喜んでいる光景が微笑ましいです。自分も生きている限りは、温泉を楽しみ続けていきたいものです。

一生続けることがわかってるんならどうせならもっと楽しめる方がいい、というのは僕の個人的な価値観ですが、温泉はちょっとした基礎知識を持っているだけで、ずいぶん楽しみ方が広がるものです。

こんど温泉に行くときには、泉質や源泉掛け流しなど、気にかけてみてください。また、温泉の科学本も今はたくさん出ています。興味がある方は、手にとってみても面白いかもしれません。


最後に、右にあげたいくつかの温泉宿は、僕の特にお気に入りの場所です。
機会があればぜひ立ち寄ってみてください。

​「貝掛温泉」(新潟県)
鎌倉時代開湯、眼病に効くとされる。人肌前後のぬる湯で何度か劇的に体調を良くした経験あり。ここの湯に浸かると本当に安らぎと幸せを感じる、まさに「心のふるさと」だ。越後湯沢駅からバス20分という立地もうれしい。

​「上の湯温泉 銀婚湯」(北海道)
広大な敷地の中に個性的な野天風呂を点在させたユニークな宿。北海道ならではのスケール感は他の宿には真似できない。泉質は濃厚で程よい硫黄の香りがクセになる。料理も北海道の素材を前に立たせた素朴だが力のある味わい。

​「青荷温泉 ランプの宿」(青森県)
テレビもエアコンも電波もない。明かりは月と太陽、ランプのみ。都市から隔絶された不便な環境だからこそ、際立ってくる感動がある。暗がりの中で囲炉裏を囲んで食べる夕餉は、マタギになったかのような体験だった。青森弁は本当に聞き取れなかったが、それもまたよい思い出。

​「桜田温泉 山芳園」(静岡県)
豊富な湯量であるだけでなく、地中から湧いたままのフレッシュな状態で入ってもらいたいという心配りが素晴らしい。源泉から浴槽まで一切空気に触れさせない「源泉脈掛け流し」の檜風呂が名物。透き通った湯に浸かる瞬間は、いつも感涙ものの気持ちよさ。手作り感あふれる空間づくり、食事も非常に魅力的。

​「越後長野温泉 嵐渓荘」(新潟県)
溶存物質15,670mg/kgを超える超濃厚な温泉。何と言っても料理が絶品だ。真冬に脂の乗った鯉の洗いを地酒・五十嵐川と一緒に食べてみてほしい。文化財となっている建築も素晴らしい。ちなみに、遠藤ケイさんに紹介頂き「日本秘湯を守る会」で初めて訪れた宿。

​「仙仁温泉 花仙庵 岩の湯」(長野県)
泉質、料理、空間、ホスピタリティ。すべてにおいて格の違いを見せつける、やりたいことをやり抜いている最強の秘湯宿。一年後まで予約が取れないが、そうまでしても行く価値はあると思う。