POWER OF SPRING温泉力をもらいに

2017.01.22
精神と時の洞窟風呂「仙仁温泉 花仙庵 岩の湯」

長野駅で新幹線から長野電鉄に乗り換え、特急スノーモンキー号で20分。
遠く正面に見えていた雪化粧の山々がみるみる近づいてきます。
白がよりはっきりと白く、あたりが銀色に包まれていくにつれ、あまり雪を見慣れない外国人観光客のざわめきが大きくなってきます。
蔵の町として知られる須坂駅で降りると、そこからさらに路線バスで凍り付いた雪道を40分。同乗者はひと組、いかにも各地の秘湯めぐりをされていそうなご年配の御夫婦だけ。

今回訪れたのは須坂のさらに奥、仁礼という集落にある「仙仁温泉 花仙庵 岩の湯」です。
日本秘湯を守る会の会員宿ですが、最も予約を取ることが困難な宿として知られています。泉質、空間、食事、ホスピタリティ、すべてが別格の素晴らしさだと。WEBサイトも無く、予約受付は館への電話のみ。今回は半年前からの予約でやっと伺うことができました(最短の日程をお願いしたが、それでも予約が取れたのはすべて平日の二泊三日でした)。

こちらの目玉は全長40メートル近くはあろうかという混浴の洞窟風呂です。ざぶざぶとお湯をかき分け暗がりを進んでいくと(ちょっとした滝を登ったりもする)、最奥部から毎分250リットルの源泉が湧き出ています。そこは一人、二人湯に浸かってしまえばいっぱいになってしまいそうな源泉スペースで、照明はほとんどなく、真っ暗です。湯温はおおよそ35℃。湯沢の貝掛温泉と同じく不感温度のアルカリ泉です。熱くもなく冷たくもなく…柔らかい湯あたりと、適度な水圧を感じながら1時間以上の時間を過ごします。やがて、足元から泡が出ているのにも気づきました。どうやら足下からも湧出しているようです。これ以上ないフレッシュな源泉です。

真っ暗闇で何も見えず、聞こえるのはお湯の流れ落ちる轟音のみ。肌に感じる素晴らしい湯の感触以外には、何も情報がありません。もちろん時計などなく、時間の感覚が失われます。自分という器も、温泉に溶けて流れていってしまうような感覚です。
はるか昔に生きた人々も、この空間に存在するときは同じ感覚になっていたのでしょうか。

ちなみに混浴の洞窟風呂の他に、内湯と露天、4種類の貸切風呂が利用できます。どの湯船も源泉掛け流しで、多少の加温がしてあり40度程度です。貸切風呂はそれぞれに個性が異なり、巡る楽しさを与えてくれます。


いいところを挙げるとキリがない宿でしたが、最も印象的だったのは建築や空間演出へのこだわりでした。
仙仁川沿い、山の斜面を覆うように建てられた館は、内と外のシーンを巧みに織り交ぜた構成になっています。屋内を歩いていたかと思うと、突然雪の積もる中庭が現れたり。樹齢数百年の大木が建物を貫いていたり。とにかくドラマチックな空間の連続です。迷路のように入り組んだ館内には、あちこちサロンのようなフリースペースが配されていて、自由に使うことができます。館内は至るところに野山の草花が上品に飾られ、豊かな気持ちにさせてくれます。

とにかく、徹底的。ここはお金が足りなかったのかなあとか、違う素材だったらもっとカッコいいのになあとか、そういうことがほぼありませんでした。空間への強いこだわりと哲学を持って、とことん考え抜いて、カタチにしている。空間が持っているちからがとてつもない宿です。これだけでも来た甲斐があったと思っています。

食事は1日目は和会席、2日目はフレンチのコースになりました。
ここは深い山の中…基本的に海の素材は使わないことに好感を持てます。コイ、イワナ、マス、サーモン、大好物の淡水魚に舌鼓。キノコを中心とした山の恵みも力強い味わいです。基本的にごく薄味。あっさりとした味わいに辛口の純米酒を合わせて頂くのが非常によろしい調子でありました。

こちらの旅館は年間25日程度の休館日があり、従業員さんの休暇に当てられていることでも知られています。従業員さん自身が人間的であり充実した人生を楽しんでいないと、満足なおもてなしができるはずがないだろう…という経営者の哲学によるものだそうです。本当に素晴らしい。接客を受けていても、一人ひとりがのびのび、楽しんで働いているのが伝わってきます。それがまたお客さんの心を掴むのでしょう。


秘湯の宿、という言葉では表現しきれない素晴らしい個性とクオリティを持った宿。他に比べられる場所がありません。世界観は全然違いますが空間とホスピタリティの質はアマネムに比肩するように思えたし、泉質は最もお気に入りの貝掛温泉にとても近い。
帰り際に次回の訪問を予約されるゲストも多いと聞きました。はるか半年以上先の予約が、すでにいっぱいに入っているのです。僕も次また訪れることができる日を楽しみに…。
秘湯めぐりに精を出したいと思います。

須坂駅から仙仁温泉へ向かう路線バス。道が凍っていてよく運転できるなと思う。

仙仁温泉入り口。数日前から降り続いた雪でやっと雪化粧になったらしい。よかった。

本館の前にある門。火鉢にはちゃんと炭が入っていて、暖を取れるようになっている。

「あゆみ入りてふるさとの小さき庵につきぬ」

本館のファサード。山の斜面に一体化していて、さらに雪が降るとほとんど見分けられない。

一歩足を踏み入れると、秘湯を守る会の提灯が。品格を感じさせるゆったりと落ち着いたエントランス。

チェックインの待ち時間はフロント脇のサロンで。

抹茶とお茶菓子を出して頂く。柿を使ったお菓子。美味しかったなあ。

今回宿泊したのは「仙桂(せんけい)」というお部屋。和室、洋室が組み合わさった一番広い部屋だ。贅沢をしたかったわけではなく、ここしか空いていなかった。

洋室。もっちりふかふかのソファはつい長居したくなる。コタツとここを行ったり来たり。奥にはオーディオなど。

テラスもある。雪が積もった庭の風景、立派なつららが美しい。

滞在中にもどんどん成長して行ったつらら。館内のいたるところにある。危険なものはあらかじめ全て折ってくれているので安心だ。

洞窟風呂の入り口。混浴なのでこれより奥の写真は無理。ずっとずっと奥まで登っていくと、源泉が湧き出るスポットが。

内湯。こちらも素晴らしいお湯。洞窟風呂と内湯を行ったり来たりの交互浴もオススメ。

こちらは露天。内湯よりややぬるめ。長湯するには丁度いい。

4つある貸切風呂のうちの一つ。それぞれに個性が異なる。

館内のあちこちに椅子が置かれ、休憩できるようになっている。そこから見えるシーンへのこだわりも。

風呂から部屋へ戻る間にも、屋内外を出たり入ったり。どの空間も美しく印象的だ。

ライブラリ併設の書斎のような空間も所々にある。お茶やコーヒーをいつでも飲めるようになっていた。

浴場前のアプローチ。下に降りると温泉の池を鯉が泳いでいる。

斜面に這うように建物が広がっている。ちょっとした迷路や秘密基地のようで、ワクワクさせられる。

全面ガラス張りのサロンも。夏になるとガラスは全て開放されるのだろう。ちょっと高台になっているところなので、下には川を見下ろせてとても気持ち良さそうだ。

すべてが凍りつく寒さ。ときおりちょっと不思議な光景も見られます。

2階の部屋へ向かう途中、渡り廊下みたいになっているところ。一回の食事処につながる通路が下の方に見えます。立体的な空間構成。

こちらは食事処。すべて個室になっている。

ダイニングテーブルにも野の花のあしらいが。ささやかで上品。

先付。山のもの、川のもの。ちょっとずつ、味はあっさり。

濁り酒をサービスで振舞ってくれた。初っ端から、すっかりご機嫌にさせられてしまった。

鯉と美雪マスの薄造り。鯉は酢味噌でいただく。大好物なのだ。

これは珍しい、イワナの塩焼き。フワッとシルキーな身質。味わいもヤマメとは違う優しい感じ。

こちらもイワナ。蒸し物にしてもクセのない味わい。そういえばイワナを食べるのは久しぶりだ。

食事さの最後には信州の牛さんが杉の香焼きで。相変わらずギリギリ食べきった。美味しいんだけどね。

ライトアップされる樹林。

部屋に戻ると夜食が。左はフルーツ盛り合わせ、右はイワナご飯のおにぎり。滞在中イチゴを何度も頂いたが、例外なく素晴らしく美味しかった。

「雪国の四季 草木・人間 ゆるやかに流れる時 空白・充足 夢」

昼食にお願いした温そば。

2日目夜のコース料理。前菜はマスの卵の塩漬けが美味しかった。

この日もステーキは出る。前日以上に脂が入っている。

ごぼうのスープ。パリパリの素揚げごぼうを散らしながら頂きます。

フロント。お客さんは8割が還暦過ぎのご夫妻だったように思う。毎年通われている方も多いとか。そうしたいと思わせる極上の「プレイス」だ。