SAKE FOR CREATIVE頭を遊ばせる時間

2016.10.08
松江・浪速寿司の「蒸し寿司」

松江発祥の郷土料理に、「蒸し寿司」というものがある。
名前の通り、蒸篭の中に酢飯を詰め具を乗せて蒸したもので、松江市街の「浪速寿司」さんが発祥とのこと。
寿司屋でアツアツの酢飯を頬張るのもなかなかない経験だ。これは行くしかあるまい。

暖簾をくぐり、まだ誰もいないお店で女将に蒸し寿司をお願いする。旧さは感じさせるが、清潔にキリッとお手入れされた店内。ほんのかすかに漂うお香の香りが格を感じさせる。

待つこと10分くらい、鯛の頭のあら汁とともに蒸し寿司が到着する。乗せられただけの木の蓋が期待感を煽る。
蓋を開けた瞬間、モワッと立ち昇る湯気は如何にも食指を誘うものであった。このとき顔を近づけすぎるとアッチッチしてしまうのでお気をつけあそばせ。

具材は大まかに8のエリアに分けられる。
そぼろ、あご野焼き、ガリ、煮シイタケ、栗の甘露煮、うなぎ蒲焼、蒲鉾、中央に蒸し海老。下には錦糸卵が敷かれ、グリーンピースが散らされている。老舗らしく上品な盛り付けの印象だ。

初めにそぼろの脇をかすめつつ、黄金の錦糸卵地帯に箸をつける。腹が減ってる。大口を開けて頬張る。
衝撃が走った。なんて熱いんだろう。いちおう男たるもの口に含んだものを戻すわけにはいかない。涙目でハフハフする。
最初の一口には注意が必要だ。普通に考えて少なめが吉。

ひとしきりの悶絶を終えたあと、まさか熱くはないはずのガリで気持ちを落ち着かせる。ふむ、食べ慣れた寿司屋のガリ。The安心安全。この具材ラインナップの中でガリの酸味とシャッキリ感は貴重な存在だ。ここで一気に消耗するわけにはいかない。2枚までとする。

さて、気を取り直して、左上手に位置するあご(飛魚)野焼きを攻めることにする。野焼きは竹輪のようなもので、この地方の特産品らしい。地元スーパーでたくさん見かける。現代の暮らしにも浸透しているのだろう。やや強めの歯ごたえとトビウオの青物っぽい風味を感じる。シンプルな味で、ちょっと満足感不足か。

塩気が欲しくなったところに、続けて右上手の煮シイタケだ。今日はどちらかというと、上半分から攻め落したい気分。上品な甘辛の煮汁を含んでいる。酢飯を大いにフーフーしてから一緒に味わう。あっさりだが、うまい。いい調子だ。

ここで重要な局面を迎えることになった。
目の前に待つのは中央に鎮座する蒸し海老、右手には栗の甘露煮。右回りを守るのであれば栗の甘露煮だが、特に甘いものをいま食したいわけではない。
そんなわけで海老に行きかけたが、いやしかし、この中盤戦で本丸にもあたる海老を崩してしまうのも趣がない。作り手の大将もこちらの戦況を暖簾の奥から窺っているはず。女将と近所の野良猫に餌をやっている声が聞こえる気もするが、いやきっとそうに違いない。
舐められるわけにはいかない。ここは栗だ。
エイっと箸を突き刺し、口に放り込む。

次は下段右手のうなぎへ。
僕は子どもの頃からうなぎの蒲焼が大好きだ。名古屋在住の頃からひつまぶしは大好物だった。それを知ってか、親は中学や高校の昼の弁当をうな丼にしてくれることがあった。それは美味しい思い出ではあったが、蒲焼はいかんせん香る。教室中に蒲焼の香りが広がるたびに恥ずかしい思いをしたものだ。そそくさと蓋でうなぎを隠しながら食べたのも、いまとなってはいい思い出。昼の弁当にうなぎを採用してくれた大胆な母君に深く感謝している。
頬張ると安定の美味さ。やはりあっさり気味のお味つけだが、これでいいと思う。ここであの甘辛いコテコテの芳香はよろしくない。
ちょうどいいくらいに冷めてきた酢飯をかきこむ。

さて、残るは蒲鉾、肉そぼろ、黄金色の錦糸卵地帯、そして海老だ。グリーンピースをつまみながら戦略を組み立てる。
動物性のものが続くが、箸休めのガリにはまだ少しストックがある。的確に間に挟んでいけば問題ない。

あまりテンションが上がらない蒲鉾(昔から)と錦糸卵地帯をまとめて征伐し、ガリを挟んで、最初に苦渋の思いをさせられた肉そぼろに再戦を挑む。しかしこれだけ時間が経てばあっけないもので、すっかりあの頃の熱を失った彼らは即座に胃袋の中へ沈んでいった。

正方形の蒸籠の中央に残った蒸し海老。
とうとうクライマックスである。ご飯も周りが崩されたので絶海の孤島のよう。
今になって言うのもなんだが、僕は蒸し海老があまり好きではない。正確に言うとフンワリ瑞々しく調理された蒸し海老は好きだ。でも大抵蒸し海老って熱が入りすぎて硬くなってるから、モソモソして味気なく感じるのだ。さて、こいつはどちらか…
箸の先でツンツンしてみると…固く締まっている。
ヤバイ!箸先が空中を泳ぎ、気持ちが重くなる。

とはいえ、最後の仕上げだ。ここまで楽しませてもらって退くわけにも行かない。
ひと思いに食べてしまおう。尻尾ごと口に放り込む。
ああ、ぎゅっとしっかりした食感。なかなか咀嚼できないぞ。これで終わりかと思うと目に汗が滲んでくる。

しかし、50噛みぐらいしたところで味わいに変化を感じた。海老の甘みがぐぐっと前に出てきたのだ。こないだの伊勢海老もそうだったが、火を入れると甲殻類は甘みが際立つ。酢飯との味のバランスも今がこの状態が一番ベストな気がする。
そうか、全体的にかなり塩分控えめだったと思っていたが、「よく噛むこと」を前提とした味の構成だったか。普段咀嚼の回数が少ない僕にとっては目から鱗が落ちるような体験だった。よく噛まないと発見できない旨さもあるわけだ。感動。(当たり前すぎてすみません…)

最初は味が足りない印象があったが、食べ進むうちに味が見つかってくる。よく噛むと味が出てくるというか。
お酒と一緒に、なんてのもありのような気がしてきた。

こういう味の組み立て方もあるのかと、とても勉強になったのでした。
どうもごちそうさまでした。楽しかったです。

こじんまりとした、でもキリッとした店構え。奥に長くなっている。

店内はとても清潔。ほんのすこしだけお香が香る。

蒸し寿司、登場。

蓋を取るとこんなかんじ。具材で8つのエリアに別れる。湯気がもうもう。

蓋の裏には店名の刻印が。