風のハルモニア師匠、仲間、憧れのひと

2017.03.22
ユニバーサルデザイン総合研究所所長・赤池学さん #3 バリューチェーンが生み出すもの

赤池 実はね、いまJTBグループさんと取り組んでいる試みがあるんです。

石川 どんなプロジェクトですか?

赤池 日本には海外から大勢のお客さんが訪れますよね。観光ついでにお土産もたくさん買ってくれる。家電や市販薬だけじゃなく、高級フルーツなどの生鮮品も人気があるんです。

石川 日本は地方の数だけ特産品がありますからね。日本の生鮮品のクオリティはとても高くて、外国人旅行者から大人気とよく聞きます。

赤池 でも、生鮮品を持ち歩いたり、本国まで持ち帰ったりするのは、じつは観光客にとってはハードルが高いんです。

石川 検疫の手続きに引っかかってしまって、せっかく買った食品を空港で廃棄するケースもあるらしいですね。空港のゴミ箱が買ったばかりの生鮮品でいっぱいになっていると。(苦笑)

赤池 そこで僕たちは、海外からの観光客向けに新しいソリューションを開発中なんです。まず、個人認証は専用のデータシステムで一元管理します。つぎに、旅行会社が各空港にある支店窓口をハブとして連携させる。個人認証と各地のハブをつなげることで、観光ショッピングは格段にスマートになるんです。たとえば、北海道で夕張メロンを買ったり、福岡で高級イチゴを買ったりしたら、それらを運送するだけでなく、空港での検疫まで代行してあげる。

石川 それは便利なサービスですね!生産者にとって、市場が一気に広がります。

赤池 購入した生鮮品を、東京のホテルまで届けてほしい、空港で検疫を済ませておいてほしい、本国の自宅へ、といったオーダーにも応えられる。物流のロジスティックは宅配業者でまかなうことができますから。

石川 ヤマト運輸の「羽田クロノゲート」などを活用すれば、例えばシンガポールの自宅まで日本旅行から帰ってきたら、すでに日本で購入した生鮮品が届いている、なんてことも可能になるかもしれませんね。

赤池 そういうことです。そうなってくると、高級フルーツなんかはもう無茶苦茶に売れちゃうんです。さらに、そういった新しい需要があるのが分かると、今度はサービス窓口を丸の内のホテルにもつくりたい、と参入する企業も集まってくる。バリューチェーンのメリットって、「協業は協業を呼んでくる」ところにもあるんですよ。

石川 あるプレイヤーとあるプレイヤーが結びつくと、これまでにない面白いことが起きる、という話ですよね。すごいなあ、その赤池先生の発想のセンスを学びたいです。

赤池 それからね、EVステーションってありますよね。電気自動車用の充電スタンド。

石川 はい。最近はよく見かけるようになりました。

赤池 でも、設置されているのはまだまだ都市部が中心です。そこで、旅行会社さんと組んで、地方におけるEVステーションの活用モデルを企画したんです。

石川 旅行会社とEVステーション。今のところはあまり接点が見えていませんが…。

赤池 EVステーション事業にプレイヤーとして旅行会社が加わると、どういうことが起きると思いますか? 僕たちが提案したのは、地方の観光地、たとえば温泉街にEVステーションを普及させていこう、というプロジェクトです。

石川 観光地にEVステーションを?

赤池 そうです。まず、温泉街で働いている人たちにエコな足として電気自動車を使ってもらう。つぎに、宿泊客も二次交通・三次交通の手段として活用する。さらには、電車で訪れた観光客も近隣の観光スポットまで気軽に足を伸ばすことができるようになります。

石川 旅先での域内観光に便利そうです。今はレンタサイクルくらいしか選択肢がないですし…。日本の地方の旅には、自由が少ないことが気になっています。

赤池 加えて、それぞれのEVステーションが結節点として機能するので、県内での連泊観光といった新しいムーブメントも生まれるんです。車でしか行けないような隠れたスポットにも注目が集まる。自治体にとってもチャンスですよね。そして、EVといっても、セダン型の電気自動車だけではありません。ヤマハ発動機とは、電動ゴルフカートの二次交通システムを実証しているんです。乗り降りしやすい、景色が見えて心地よいと大好評なんです。

石川 僕も秘湯の宿とか大好きなので、そういったインフラが整っていくのは大歓迎です。

赤池 そうしたネットワークが広がると、鉄道会社も「うちの駅ともつないでほしい」と手を挙げてくれるようになる。じゃあ一緒に新しい旅行商品を開発しませんか、というさらなるビジネスにつながっていくわけです。

石川 なるほど、そういう結びつけ方もあるんですね。赤池先生がおっしゃるバリューチェーンの意味がよく分かってきました。

赤池 さらにもう一歩踏み込むと、たんに旅行商品をつくるだけじゃなくて、もっとダイレクトに地方に投資するステージへと進んでいくんです。

石川 どういうことでしょうか?

赤池 たとえば、新しく農業生産法人をつくることもできますよね。地元の生産者や漁連と連携して、食と観光を結びつけた事業を立ち上げたり、地場の生産物を使ったレストランを作ったりすることで、日本にもフードツーリズムを根づかせることができるかもしれない。

石川 それは楽しそうです。六次産業化のさらに先のステージですね。

赤池 ね、面白いでしょ? 今もいくつか動いているプロジェクトがあるんだけど、全国のJAでも、やる気のあるところはすぐに分かるんです。その人たちと連携することで、第二・第三の新しい農業生産法人が生まれていく。成果物を売るだけじゃなくて、加工して、流通させて、さらには飲食や宿泊施設の経営もやります、といった展開も夢じゃないんです。ほかにも、飲料メーカーが国内で本格的なシャトー経営に乗り出したり、旅行会社がオーベルジュをつくったりする動きが出はじめています。バリューチェーンが結びつくことで、企業にとってもこれまでになかったユニークな新業態が開発できるんです。



(つづく)