3. 中深層 水深1000m
(魚の大群が離れていったあと、ダイオウイカが深海から浮上して、クジラのそばを泳ぎ始める)
「ダイオウイカ、お前か…何度もケンカしたお前ともいよいよお別れの時が来たようだ…」
「昔は、お互い無茶をやったもんだな」
「あのときつけられた吸盤の跡は結局ずっと消えない…しかし今となっては悪くない思い出だ」
「それにしても、お前たちはつくづく不思議な姿形をしている…進化というのは不思議なものだ…同じ海に暮らしているのにこうまで姿形が異なるとは…」
「私がいなくなると多少張り合いがなくなるかもしれんが…他の好敵手もまた見つかるだろう…お前も長生きしてくれよ」
(ダイオウイカはクジラに軽く触れてから、泳ぎ去っていく)
(岩穴の脇からシーラカンスが顔を出し、クジラのそばへ寄ってくる。何も言わず、そっとクジラの隣を泳ぐ。近くをオウムガイが漂っている)
「長老…いままで世話になった」
「シーラカンスの一族は、はるか古代からの姿や記憶を受け継いでいるという…」
「そういえば昔、海の生物が死について話をしたことがあったな…」
「母さんは"星"になると教えてくれたけど、海のことを何でも知っている長老の話も聞いてみたかったんだ」
「長老はこう言った…『死ぬと星になれるかどうかはわからないが…しかし、誰かの死は必ず誰かの生のためにある…』と」
「いまはまだ…私の死が誰の生につながるのかは分からないが…今日が終わる頃には、その答えもわかるのかもしれないな」
「長老、今までどうもありがとう…いってくるよ…」
(シーラカンスがそっと離れ、クジラは沈んでいく)
5. 漸深層 3000 m
(斬深層では太陽の光ももう届かない暗闇の世界になる)
(沈む先の暗闇にひとつポッと灯りがともる)
「あれはなんだ…?」
「おお、チョウチンアンコウだったか。今日は餌にありつけたのか…?」
(深海に向かって次々とチョウチンアンコウの灯りが続いていく…)
「おお、チョウチンアンコウたちよ…私を導いてくれるのか…ありがとう」
(クジラはそのまま明かりの道を沈んでいく)
(しばらく沈んでいくと、チョウチンアンコウたちが導く先に、キラキラとした2匹の生物が待ち受ける。それはリュウグウノツカイとリュウグウノヒメだった)
「おお、なんと美しい…リュウグウノツカイとリュウグウノヒメよ、私を迎えに来てくれたのか…感謝するよ…」
(クジラに寄り添って2匹が泳ぎ始める)
(しばらく進み、クジラが気がつくと、いつのまにか周りをクラゲの大群が囲んで、竜宮城のように幻想的な世界が広がる)
「おお…なんという美しさだ…」
「ありがとう、リュウグウノツカイたち、そしてクラゲたち…」
「私のこの最後の旅路に、最高のプレゼントだよ…こんな美しい風景がこの世にあったとは…」
「まるで夢のような体験だった。どうもありがとう…」
(リュウグウノツカイ、リュウグウノヒメがそっと離れていき、その場からクジラが沈んでいく様子をみんなで見守る)